FC2ブログ

宮沢賢治とゴッホに繋がりがあった、ということ知ってました?



DSC01374 (2) - コピー
ゴッホ自画像 (撮影 オルセー美術館にて)

・・・

地元 岩手の詩人 「宮沢賢治」と
「フィンセント・ファン・ゴッホ」 との繋がりについて、
これほど難しいことを、わたしごときが書けるわけがない。
書くなんて、身の程を知らない!

と頭の隅に追いやっておりましたが、
このタイミングで書かないで、いつ書くの?
というような、大きな波が、うねりが、やってきました!


先日発表の直木賞 「銀河鉄道の父」(門井慶喜著)
DSC03451 (2) - コピー
これは、賢治の父のお話


芥川賞は 「おらおらでひとりいぐも」(若竹千佐子著)
DSC03450 (3) - コピー   DSC03450 (2) - コピー
若竹さんは岩手、遠野市出身。
題名の「おらおらでひとりいぐも」は賢治の詩「永訣の朝」での妹トシの言葉。

今、なぜか賢治にスポットライトが!


・・・・


そして、東京都美術館では「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢。」
「ゴッホ 最後の手紙」という映画も上映中。

・・・・


ということで、
わたし流、平易な言葉で、分かりやすく
(というより、わたしの頭で理解できるレベルで)
書いてみることにします。


・・・・・・・・・・・・・・・


先日、映画「ゴッホ 最後の手紙」では、
ゴッホの作品が動き出すという新感覚に酔いしれました。


映画、冒頭の動き出す作品が この「星月夜」
DSC03440 (2)
(星月夜)



DSC03440 (3)
(夜のカフェテラス)



DSC03440 (6)
(糸杉と星の見える道)




DSC01373 (2) - コピー
(オーヴェルの教会 ・ 撮影 オルセー美術館)


その他たくさんの作品が動き出し 視覚的にも
心理的にも、迫りくるものありました。



そして最後の最後が、一番見たかった「ローヌ川の星月夜」
(オルセー美術館で、この作品はオランダに貸し出されていて、見られなかった!)
DSC03440 (5)
(ローヌ川の星月夜)

初め、星だけが大映しされ、
「あっ?ひょっとして、ローヌ川の星月夜?」
徐々に絵が下に動き、黄色いガス灯と欄干、
そして川に映る灯り、河原の二人
が現れた時には、感涙しそうに。

ゴッホの難解な生きざまに、理解しがたく 頭が混乱状態でしたが、
最後のこの絵の登場で、高揚し、熱い気持ちで余韻を楽しむことができました。




(上の絵画の画像は、絵葉書を画像にしたものです。)
DSC03441 (2)

「星空」の描かれている絵が多い、
ということに気づきます。
この星空が、「銀河鉄道の夜」へと~~???


・・・

ゴッホ展 巡りゆく日本の夢・東京都美術館
DSC03443 (2)

パリ時代とアルル時代前半に、浮世絵や 日本に関する文献を集め、
日本に高い関心を寄せていたゴッホ。
パリ万博をきっかけとして巻き起こった日本芸術熱「ジャポニズム」は、
印象派への影響大だったようです。
そういえば、モネの浮世絵コレクションも有名です。



・・・・・・・・・・・・・・・



数年前のことです。
花巻市胡四王山にある
 リニューアルされた「宮澤賢治記念館」を訪れた時、

watermarked-DSC00153 - コピー
(玄関前の花壇には、バラ、グルース・アンテブリッツ の蕾が、
開花を待っていました。)



以前、モリスと賢治とのつながりを勉強したことで、
それまでとは ちょっと視点が異なり、

賢治が岩手国民高等学校で講義した
「農民芸術概要綱要」 
などを、しげしげと、読んでみたり、、、


その時、ふと、流れる映像の中に一瞬ですが、
ゴッホの「星月夜」を見つけ、なぜ?なぜ?
え?賢治とゴッホと関係があるの?

DSC03440 (2)
(流されていた画像 ゴッホの「星月夜」)


わたしは 賢治と同じ花巻に生まれ、小さい頃より、必然的に
郷土の偉人、賢治について勉強する環境にありました。
そのおかげで、浅くではありますが、
賢治のことは大体は知っているつもりでおりました。
ところがところが、あの偉大なゴッホと賢治とがつながっている?
この歳にして、それは初めて知ること!
けっこうな衝撃でした!

(このブログを見てくださっている花巻出身、岩手出身の方たち、
知ってました?知らなかったでしょう~?)


と、ふたりの接点が気になりだしたのでした。




ゴッホは1890年に37歳で亡くなり、
その6年後賢治は生を受け、やはり37歳で亡くなる。
2人は 生前その作品が売れることはなく、
作品が認められたのは、亡くなった後である、
ゴッホは弟テオを愛し、賢治は妹トシを愛す、
また、宗教との関わり等 共通点があった、ようです。

そして、わたしが最も興味を持ちましたのは、

ゴッホが弟テオに宛てた600通もの手紙の中の
「汽車に乗ってタラスコンやルアン行くように、
われわれは星へ行くのに死を選ぶのかもしれない。
生きているあいだに星の世界へ行けないのと、死んでしまったら汽車に乗れない・・・・・」
(難解な手紙です わたしには理解不可能)
などの文章から
賢治は あの、「銀河鉄道の夜」 をインスピレーションしたのでは?

という説です。

また、賢治は「ゴオホ・サイプレスの歌」として四首の短歌を残していることから、
ゴッホについて勉強し、強く惹かれていた、ということは容易にわかります。

以上のこと等をふまえ、あらためて
ゴッホの描く「星空」の部分をじっと見つめていますと、
なぜか、汽車が煙をはいて登っていくのが見えてくるから不思議です~


ウィリアム・モリスと賢治との関係を調べた時もそう思いましたが、
賢治は、モリスでもゴッホでも、興味のある全てにおいて、
本を深く読み文献を読みあさり、絵画を鑑賞し、
という紛れもない猛烈な勤勉家であった、ということ。

直木賞の「銀河鉄道の父」でも、とかく賢治は裕福な家庭に育ち、
いわゆるお金持ちのボンボンとして育ったという言い方をされます。

が、裕福な環境にあり、才能があったとしても、
彼の勤勉さ、探求心等がなければ
素晴らしい作品として世に残ることはなかったでしょう。


岩手の誇る偉人です。



・・・・・・・・・・・・・・

賢治記念館は、」昨年、また、リニューアルされた様です。
行ってみます。
モリスについて、展示されていたなら、嬉しいのですが。

皆様も、行かれた時は、ゴッホの映像を探してみてください~




関連記事